高学歴なら安全、という前提はいまでも正しいのか——AIが専門職に入り込む構造

弁護士事務所のデスクに置かれた木槌と法律書、ノートPCに差すAIの光 雑記・日記・グルメ

Quick Answer

弁護士・会計士・金融アナリストといった専門職に、AIが入り込み始めています。仕事が「なくなる」かどうかよりも、業務の処理速度と範囲が急速に変わりつつあるという点が2026年の実態です。法律・会計・金融の大手事務所や企業が相次いでAIを実際の仕事に使い始めており、「専門知識は人間だけのもの」という前提が静かに書き換えられています。

「高学歴なら安全」は、いまでも正しいのか

世の中で「最も安定した仕事」として長く挙げられてきたのが、弁護士・公認会計士・銀行や証券会社で数字を分析する人(アナリスト)といった職種です。難しい資格や高い学歴があれば、仕事には困らない——そういう前提が社会的に根付いていました。

ところが、その”一番安全に見えてきた人たち”の仕事にすら、AIが入り込み始めています。2023年から2026年にかけて、大手の法律事務所や会計法人・金融機関が、実際の仕事にAIを使い始める事例が相次いでいます。

「高度な判断が必要だから、AIには無理」という前提は、少なくとも「情報を検索して整理・分析する」という部分においては、通用しにくくなってきました。

一番堅いと思われていた職業でさえ変わり始めているとすれば、これは特定の人だけに関係する話ではないかもしれません。何が起きているのか、具体的に見ていきます。

法律・会計・金融——3つの専門分野で何が起きているか

法律・会計・金融の3分野を象徴する机の上の写真

法律の仕事に何が起きているか

法律の仕事を助けるAI(リーガルテック)の市場で、2023年8月に大きな動きがありました。大手情報企業トムソン・ロイターズが、AI法律調査ツール「CoCounsel(コカウンセル)」を提供するCasetext(ケーステキスト)という会社を約6.5億ドルで買収しました。

このCoCounselは現在1万社以上に導入されています。契約書の確認・法律調査・書類のチェックといった作業を「数分で」こなします。従来は弁護士や補助スタッフが数時間かけていた作業です。

さらに法律事務所向けAI「Harvey(ハーヴェイ)」の実態調査(RSGI/Harvey調査レポート・2025年11月・Legal IT Insider解説)によると、ヘビーユーザーは月に最大36.9時間の業務時間を節約しており、回答者の85%が「業務が早くなった」と答えています。

法律分野のAI導入事例(2023〜2025年)
ツール・企業 主な使われ方 規模・実績
CoCounsel(トムソン・ロイターズ) 契約分析・法律調査・文書レビュー 1万社以上に導入
Harvey(ハーヴェイ) 法律調査・文書作成支援 ヘビーユーザーで月最大36.9時間節約

会計・監査の仕事に何が起きているか

EY新日本有限責任監査法人は2026年1月28日、生成AI(文章や画像を作り出すAI)を使った帳票の照合システム「DIP(ディップ)」を本格的に動かし始めました。帳票の照合とは、「この書類の数字は本当に正しいか」を確認する作業のことです。EY新日本の公式発表によれば、全3,805社の監査先に順次展開し、改ざんの兆候を検査する機能も含まれています。

また会計・コンサルティング大手KPMGは2025年4月、同社の監査システム「KPMG Clara」に自律的に動くAIプログラム(AIエージェント)を組み込みました。対象は世界95,000人超の監査担当者です。

金融の仕事に何が起きているか

金融機関でも同じような動きが進んでいます。モルガン・スタンレーは2024年10月、社内の7万本もの調査レポートをOpenAIの言語モデル(大規模言語モデル)で横断検索できるシステム「AskResearchGPT(アスクリサーチGPT)」を導入しました。同社のKaty Huberty(ケイティ・ヒューバーティ)氏の発言によれば、問い合わせへの応答時間が従来の10分の1になったといいます。

JPモルガン・チェースは2024年夏、AI業務ツール「LLMスイート」を約14万人の社員に展開し始めました。LLMとは、大量の文章を学習したAIの基盤技術のことです。8か月で利用者は約20万人に達し、同社の説明ではプレゼン資料を「30秒で」作れるといいます(出典: CIO Dive)。

会計・金融分野のAI導入事例(2024〜2026年)
企業 ツール・システム 主な変化
EY新日本監査法人 DIP(帳票照合AI) 2026年1月稼働・3,805社に展開
KPMG KPMG Clara(自律AIプログラム統合) 世界95,000人超の監査担当者が対象
モルガン・スタンレー AskResearchGPT 応答時間が従来の1/10に
JPモルガン・チェース LLM Suite 8か月で約20万人が利用

数字で見る——事務系の仕事はどう変わりつつあるか

上昇するグラフが表示されたモニター

個別企業の話だけでなく、社会全体の数字も見てみましょう。

厚生労働省の委託調査(平成28年度・2017年)では、2030年に「40歳前後の大卒以上の事務系・管理職・専門職(ホワイトカラー)の5割以上で、仕事の一部がAIに置き換わる可能性がある」という見通しが出ていました。この調査は生成AIが世の中に登場する前のものですが、当時の見通しが現実に近づいてきた感があります。

また経済産業省が2026年3月に公表した試算(特定のシナリオを前提とした計算)では、2040年に事務職が約440万人あまる一方、AI・ロボット等利活用人材(経産省の分類)は約340万人足りなくなるという数字が示されています。

公的な調査にみる、AIと仕事の変化の見通し(調査の前提・時期が異なるため単純に比べることはできません)
出所 調査の内容 対象年・調査年
厚労省委託調査(平成28年度) 大卒以上の事務系・管理職・専門職の5割以上で仕事の一部がAI代替の可能性 2030年を見通し・2017年調査
経産省(2026年3月公表) 事務職が約440万人あまり、AI・ロボット等利活用人材(経産省分類)が約340万人不足 2040年の試算・特定シナリオ前提

ただし、これらはどちらも「特定の条件のもとでの見通し」です。実態がそのまま数字どおりになるとは限りません。それでも、「変化が起きる方向」を示す参考値として見ておく意味はあると思います。

では実際の現場ではどれくらいAIが使われているのでしょうか。独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)の調査(2025年5月公表・2024年5〜6月データ)によれば、日本でAIを使っている労働者は全体の8.4%、生成AIに限ると6.4%という数字になっています。

大手企業では導入が進んでいますが、日本全体で見ると普及はまだこれからです。この数字と企業の事例の両方を合わせて見ながら、変化の全体像を把握していただければと思います。

なぜ専門職の仕事がAIと重なってしまうのか

専門職の仕事にAIが入り込みやすい理由を、少し掘り下げてみます。

法律・会計・金融の仕事には、共通する特徴があります。「大量の情報の中から、正確なものを素早く探し、整理する」という作業が大きな割合を占めているという点です。弁護士なら過去の判例の検索・契約書の確認、会計士なら書類の数字のチェック、アナリストなら企業データの読み解きがその典型です。

AIが最も得意とするのは、まさにこの「大量の情報を素早く処理する」という作業です。ここで、AIと専門職の仕事が、ちょうど同じ土俵でぶつかることになりました。

一方で、「複雑な判断をくだすこと」「責任を取ること」「依頼者との信頼関係を築くこと」といった部分は、現時点では人間の領域として残っています。専門職の価値がゼロになるわけではありませんが、「情報処理に時間と手間をかけることで価値を生み出す」という部分は変わりつつあります。

AIが「情報の壁」を取り除いた、という話

光が差し込む図書館の書架

少し大きな視点で考えてみます。これまで専門職が頼られてきた理由のひとつに、「専門的な知識は、一般の人にはなかなか手が届かない」という事情がありました。

法律の調査に専門の事務所が必要だったのは、膨大な判例データを使いこなして整理できる専門家が必要だったからです。会計の専門家が求められたのも、複雑なルールを理解して正確に当てはめる作業が、一般の人には難しかったからです。

この変化をよく表しているのが、CoCounselです。トムソン・ロイターズが買収した背景として、「中小の法律事務所でも大手と同等の調査機能が使える設計」という点が挙げられています。大手事務所にしかできなかった精度の高い法律調査が中小でも使えるようになった——AIが専門知識を「誰でも使えるもの」に変えつつある象徴的な例です。

これは、一部の専門家だけが持っていた知識や道具が、より多くの人に届くようになってきた、ということです。

この変化は「自分ならではの一次情報(自分が直接見て・体験して得た事実)をどう持つか」という問いに直結します。AIがどれだけ情報を整理しても、AIには自分自身の経験や現場の観察がありません。「一次情報×AIカスタマイズ」という組み合わせが今後も強みを持つ理由は、ここにあります。

過去に管理職レベルでのAI代替について書いた記事(米Coinbaseが管理職700人を消した日)でも触れましたが、「判断・設計・責任を取る」という部分はAIが代わりにやりにくい領域として残ります。専門職においても、同じ話が当てはまります。

では、私たちはどうすればいいのか

ここまで読んでいただいて、少し整理してみます。

弁護士・会計士・銀行や証券会社で数字を分析する人(アナリスト)といった、高い学歴や難しい資格を持つ専門職でさえ、AIによって仕事のかたちが変わり始めています。これほど「安全」と見られてきた職業でそれが起きているとすれば、特別な資格や学歴を持たない私たちの多くにとっても、これは遠い世界の話ではなく、むしろ自分の足元で起きていることかもしれません。「事務系の仕事だから安全、現場仕事は危ない」という単純な二分法も、ここ数年で崩れつつあります。その話は別の記事(家庭用ロボットが2026年に動き始めた)でも触れています。

では、これからどう備えればいいのでしょうか。

答えは人それぞれだと思います。ただ、この記事で出てきた話のなかに、考えるヒントが2つあります。

ひとつは、「AIに仕事を任される側」ではなく「AIを道具として使いこなす側」に回れるかどうか、という視点です。身近なところで起きているAIの変化については、以前の記事(気づかないうちに、AIがあなたの仕事に入り込んでいる)でも各論として書きました。

もうひとつは、「自分が直接見て・体験した一次情報を持っているかどうか」という視点です。AIがどれだけ情報を整理しても、AIには自分自身の経験や現場の感覚がありません。そこは、まだ人間の側にある領域です。

「高学歴なら安全」という前提が2026年のいまもそのまま通用するのか、一度立ち止まって考えてみていただけたら——この記事はそのきっかけになればと思って書きました。

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この記事で伝えたい3つのこと

  1. 弁護士・会計士・金融アナリストなどの専門職に、AIが実際の仕事として導入される事例が2024〜2026年にかけて相次いでいます。「仕事がなくなる」ではなく、「業務の処理速度と範囲が変わりつつある」という点が実態に近いです。
  2. 厚労省の2017年調査(生成AI登場前)で出ていた「2030年に大卒以上の事務系・専門職の5割以上でAI代替の可能性」という見通しが、現実の変化と重なりつつあります。経産省の2040年の試算(事務職440万人あまり・AI・ロボット等利活用人材約340万人不足)も、同じ方向を指しています。
  3. AIが「情報の壁」を取り除くことで、大手にしかできなかった精度の高い処理が中小でも可能になりつつあります。この変化は「自分が直接見て体験した一次情報をどう持つか」の重要性を、むしろ高める方向に働きます。

よくある質問

Q1. AIが専門職の仕事を「完全に置き換える」と言えますか?

現時点ではそうは言えません。AIが担い始めているのは「情報の検索・整理・分析」という部分に集中しています。複雑な判断・責任を取ること・依頼者との信頼関係を築くことといった部分は、AIが担っているわけではありません。「仕事の一部が変わりつつある」というのが現状の正確な表現だと思います。

Q2. 日本でのAI活用は海外に比べて遅れているのですか?

JILPT(労働政策研究・研修機構)の2025年5月公表データ(2024年5〜6月調査)によれば、職場でAIを使っている日本の労働者は全体の8.4%、生成AIは6.4%です。EY新日本・JPモルガンなど大手は積極的に導入を進めていますが、日本全体での普及はまだこれからという段階です。

Q3. 「AI代替率XX%」という数字をニュースで見ますが、信頼できますか?

注意が必要です。「AI代替率」とされる数字の多くは、「時間の節約割合」「導入した会社の数」「対象になった人数」などを指しており、「仕事が何%なくなるか」という数字とは別のものです。今回の記事で使ったHarveyの36.9時間節約・EYの3,805社への展開なども「普及の規模や仕事の変化」を示す数字であり、「代替率」ではありません。出典と、その数字が何を示しているかを確認してから読むことをお勧めします。

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