文字を読める人と読めない人で、ビジネスの結果が289点分違う話

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Quick Answer(3行まとめ)
OECD(経済協力開発機構)の成人読解力調査では、日本の平均点は参加国中2位(289点)ですが、低スキル層の割合は増加傾向にあります。読解力が1標準偏差(統計上の「ばらつきの単位」)上がると、時給が平均約8%上昇するという分析もあります。AI時代に入っても、「言語でものを考える力」の重要度は下がっていません——むしろ上がっている、というのが私の見立てです。


赤信号。色という合図の背後にある決まりごと

1. きっかけ——昔読んだ苫米地英人の本に書いてあったこと

苫米地英人氏(とまべちひでと)という脳機能科学者が書いた本を、最近読み直しました。

タイトルは『「言葉」があなたの人生を決める』(フォレスト出版・2013年)。その中で苫米地氏はこう述べています。「私たちの思考はすべて言葉で成り立っている」と。

これはルー・タイス(アメリカの自己啓発研究者)の「アファメーション(肯定的な自己宣言)」理論をもとに書かれた本で、苫米地氏独自の言説です。科学的な定説として広く認められているわけではありませんが、読んでいて「確かに」と思う部分が多くありました。

私が現役だったころ、指示書・規則・手順書は日々の業務の基盤でした。それらはすべて文字でできていました。「言葉が人生を決める」という命題は、少し大げさに聞こえるかもしれません。でも、文字を正確に読み書きできるかどうかが、自分の身を守ることにつながる場面を、在職中も退職後も何度も経験しました。

読み直してみて、改めて気づいたことがあります。言葉や文字の力というのは、AI時代になっても薄れるどころか、むしろ重要度が増しているということです。特にビジネスの場面では、「言葉で考える力」の差が、数字にそのまま跳ね返ってくると感じています。

その経験から、苫米地氏の言う「言葉」の重要性を、もう一度自分なりに整理してみたくなりました。これはその記録です。


2. 一万円札がただの紙ではないのは、そこに言葉があるからだ

少し哲学的な話をさせてください。私の私見です。

財布の中にある一万円札は、物理的にはただの紙と印刷物です。それでも誰もが「一万円の価値」として受け取り、買い物に使えます。なぜそうなるかといえば、そこに「日本銀行券」「壱万円」という文字が印字され、「これを通貨と定める」という法律——文字で書かれた決まりごと——があるからです。紙という物理的なモノが、文字の決まりごとを介して「一万円の価値」という、人を動かす力に変わっています。

私はこれを、ある意味で代数のようだと思っています。代数とは「x+2=5」のように、数字の代わりに記号を使って関係を表す数学の分野です。同じように、「ただの紙」という記号が「一万円の価値」という中身に変換されている。物理的なモノが、文字で書かれた決まりごとを介して、人間社会を動かす力に翻訳されているわけです。

お金の価値だけではありません。スーパーの棚に「198円」と書かれていれば、野菜の価値が数字という文字に変換されています。契約書も、就業規則も、保険の約款(やっかん)も、すべて「世の中の複雑なルールを文字に凝固させたもの」です。

つまり、世界を動かしているのは物理的なモノだけではなく、それに付随する「文字で書かれた決まりごと」だということです。この「文字で書かれた決まりごと」を正確に読み書きできる人と、なんとなくしか読めない人とでは、動ける世界の広さが違ってきます。

これはあくまで私個人の解釈ですが、苫米地氏の言う「言語が世界を作っている」という主張と、ある程度重なる感覚があります。


窓辺に開かれた一冊の本

3. 「日本人の3人に1人は日本語が読めない」——裏を取ったら、話はもう少し複雑だった

「日本人の3人に1人は日本語が読めない」という言葉を、聞いたことがある方もいると思います。私もそう信じていました。

ところが自分で裏を取ってみると、この表現はPIAAC(ピアック・OECDが行う成人の読解力などの国際調査)がそう述べているわけではありませんでした。

出所は2つあります。

一つ目は、PIAAC第1回(2013年公表)のデータを論者が解釈したものです。橘玲(たちばなあきら)氏をはじめとする書き手が、「読解力レベル2以下の成人が約27.7%いる」という数字を引いて、「3人に1人は読めない」と表現しました。

二つ目は、新井紀子(あらいのりこ)氏の著書『AI vs.教科書が読めない子どもたち』(東洋経済新報社・2018年)で紹介されたRST(読書力テスト)というものです。こちらは中学・高校生を対象にした別の調査・別の定義です。

2022〜2023年に行われたPIAAC第2回(2024年12月公表)では、日本の読解力平均は289点で参加国中2位、OECD平均の260点を大きく上回っています。レベル1以下の低スキル層は9%で、第1回(5%)より増えてはいますが、「3人に1人」とはかなり距離があります(出典:国立教育政策研究所 https://www.nier.go.jp/04_kenkyu_annai/div03_shogai_piaac_pamph.html)。

ここで「なんだ、思ったより読めているじゃないか」と安心するのは早いと思います。

問題は「なぞる」と「読む」の違いです。文字を目で追えることと、文章の意図を正確に受け取ることは別の話です。PIAAC低スキル層の割合が第1回より増えているということは、表面上は文字を追えても、深い意味を受け取る力が弱い人が増えている可能性を示唆しています。

PIAAC(成人)と PISA(15歳)の比較
調査名 対象 日本の順位 日本の点数 OECD平均 公表年
PIAAC第2回 成人(16〜65歳) 参加国中2位 289点 260点 2024年12月
PISA2022 15歳 全81か国中3位 516点 476点 2023年12月

この2つの調査は対象年齢も測定方法も異なるため、直接比較はできません。ただ、15歳時点では世界トップクラスの読解力を持つ日本人が、社会に出た後の成人調査では低スキル層が増えている、という対比は興味深い事実です(出典:PISA2022は国立教育政策研究所 https://www.nier.go.jp/kokusai/pisa/pdf/2022/01_point_2.pdf)。

学校で「なんとなく読める」ようになって、そのままにしてきた人が多いのかもしれません。


4. それでも「言葉が弱い人は、ビジネスでも弱い」——データで確認する

では「読む力」とビジネスの結果には、実際に関係があるのでしょうか。

まず「1標準偏差」とは、統計でデータのばらつきを測る単位のことです。OECDの分析では、読解力がこの単位1つ分上がると、時給が平均約8%上昇するという正の相関が確認されています。学歴という要素を取り除いても、この相関は残るとされています(出典:OECD「Education at a Glance 2025」)。相関とは2つの数字が一緒に動く傾向のことで、因果関係——Aが原因となってBが起きること——を直接証明するものではありませんが、方向性としては「言葉が強いほど、稼ぎも強い」という傾向が見て取れます。

また、世界銀行やユネスコのデータをまとめたOur World in Dataの分析では、識字率(文字の読み書きができる人の割合)と一人当たりGDP(国民一人ひとりの平均的な経済的産出量)に正の相関があることが示されています(https://ourworldindata.org/grapher/literacy-rate-vs-gdp-per-capita)。個人レベルと国家レベルという違いはありますが、「言葉を扱う力」と「経済的な成果」が無関係でないことは、複数のデータが示しています。

「言葉が弱い」と出てくるリスクの例
場面 言葉が強い人 言葉が弱い人
契約書・就業規則 不利な条件に気づいて交渉できる サインしてから「そんなつもりでは」となる
提案書・報告書 要点を絞って相手に伝わる文章が書ける 何を言いたいかわからない文章になる
価格・条件交渉 根拠を言語化して交渉できる 「なんとなく安くしてください」になる
情報収集 一次情報を自分で読んで判断できる 誰かの解釈を鵜呑みにしやすい

私自身、退職後に契約書の内容を自分で読んで意味を取ることが、身を守る場面がありました。文字を「なんとなく読める」状態では、規則や条件の本当の意味をつかみ損ねることがあります。

「一次情報を自分で読んで確認する」という習慣——これはAIを活用する場合でも、個別の状況に合わせて判断するうえで、変わらず大事だと感じています。


ノートパソコンに言葉で指示を打ち込む手元

5. AI時代に入って、言語力の重要度はむしろ上がった

最近、「プロンプト(AIへの指示文)エンジニア」という職種の求人が増えているという話があります。プロンプト関連の求人が大きく伸びているという市場調査の集計もあります。ただし一次情報は有料レポートで、私が直接確かめられた数字ではありません。あくまで傍証として受け取ってください。

プロンプトとは何かといえば、「AIに対して正確に意図を伝える文章を書く力」です。これは突き詰めると、「言葉で要件を定義する力」と同じです。

AIに「いい感じにやって」と伝えても、思い通りの結果は出ません。「誰に向けて、何の目的で、どういう条件で、どんな形式で」を正確に文章に落とせる人が、AIをうまく使いこなせます。

文科省の教育課程部会(2025年10月)でも、AI時代における言語学習の意義が審議されています(出典:https://www.mext.go.jp/content/20251030-mxt_kyoiku01-000045617_003.pdf)。国の機関もこのテーマを議論の俎上(そじょう・検討の場)に乗せているということは、「言語力は今後もっと大切になる」という見方がある程度共有されていることを示しています。

私自身、読書が趣味で、かつては「何冊読んだか」にこだわっていた時期がありました。でも読んだ後に何も残っていない、ということが起こり得ます。これは私の実感としての話です。

私見としては、乱読で多くの本に触れること自体は、初めのうちは語彙や背景知識を増やすのに役立つと思います。ただ、ある程度読めるようになったら、冊数より「理解」に重きを置かないと、ただ時間を使っただけになりかねません。

本から得たエッセンスを、自分の言葉や文字で表現できること——それができてはじめて「読んだ」と言えると思っています。誰かと話しているとき、その人の理解の深さ(あるいは薄さ)は、言葉の端々から伝わってくるものです。これも私の私見です。

学習科学の研究では、読んで終わりにせず、あとで思い出して自分の言葉で書いたり話したりするほうが、理解と記憶が深まることが分かっています。これを「生成効果」と呼びます。思い出そうとすること自体が記憶を定着させる、という研究もあります。逆に、すらすら読めると「分かった気になりやすい」という落とし穴もあります。これは「流暢性の錯覚」と言われる現象です。「平易に説明できなければ理解していない」という考え方も、同じ方向を指しています。

100冊読んでも「なぞっていただけ」なら、読んでいないに近い。1冊の本を1行1行噛み砕いて、自分の言葉で説明できるようになるまで読んだなら、それは力になります。結局、何冊読んだかでなく、そこから何を得たかが大事だというのが、私の結論です。

AI時代だからこそ、「言語力は自然についてくるもの」とは言えなくなっています。自衛官として培ってきた「指示書を正確に読む」「命令を正確に伝える」という習慣は、ビジネスでも通用する言語力の基盤になりうると、今は思っています。そう考えると、あの日々も無駄ではなかったと感じます。


この記事で伝えたい5つのこと

  1. 苫米地英人氏は「私たちの思考はすべて言葉で成り立っている」と述べている。科学的定説ではないが、在職中も退職後も、その感覚を裏づける経験があった。
  2. 世界のルール・価格・法律は「文字が凝固したもの」だ。一万円札がただの紙でないように、物理的なモノは文字で書かれた決まりごとを介して人を動かす力に変わる——これは私の私見だが、「文字を読む力」が実生活の行動範囲を左右するという感覚につながっている。
  3. 「日本人の3人に1人は日本語が読めない」は、PIAACが示した表現ではない。最新第2回(2024年公表)では日本の平均は参加国中2位、低スキル層は9%だ。ただし「なぞる」と「読む」は別の問題として残っている。
  4. 読解力と時給には正の相関があるという分析がある(学歴を統制しても残る)。「言葉の力」は感情論ではなく、経済的な結果とも関係している可能性がある。
  5. AI時代に入り、プロンプト(AIへの指示文)を書く力への需要が増えている。これは「言葉で要件を定義する力」の別名だ。読書でも同じで、何冊読んだかでなく、そこから何を得たか、自分の言葉で説明できるまで理解したかが大事——というのが私の結論だ。

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よくある質問

Q1. 「日本人の3人に1人は日本語が読めない」は本当ですか?

PIAACがそう述べているわけではありません。PIAAC(OECDの成人読解力調査)第1回のデータを論者が解釈した表現です。最新の第2回(2024年12月公表)では、日本の平均は参加国中2位(289点)で、低スキル層(レベル1以下)は9%でした。「3人に1人」という数字とはかなり異なります。

Q2. PIAACとPISAは何が違うのですか?

PIAACは16〜65歳の成人を対象にした読解力の国際調査です。PISAは15歳の生徒を対象にした調査です。調査対象の年齢も、測定の方法も異なるため、直接比較はできません。ただし、「15歳では世界トップクラスなのに、成人では低スキル層が増えている」という対比は、考えるきっかけになります。

Q3. 苫米地英人氏の「言語で思考する」という主張は科学的に正しいですか?

苫米地氏の主張は氏独自の言説であり、科学的定説として広く認められているわけではありません。この記事では「氏がそう述べている」という引用として扱っています。

Q4. 読解力と収入に関係はあるのですか?

OECDの分析では、読解力が1標準偏差上がると時給が平均約8%上昇するという正の相関が報告されています。学歴を統制しても相関が残るとされています。ただし「読解力さえ上げれば収入が上がる」という因果関係を直接証明するものではありません。

Q5. 「なぞる読書」と「本当に読む」は何が違うのですか?

文字を目で追って意味を表面的に処理することと、文章の構造・意図・前提を正確につかむことは別の作業です。たとえば契約書を読んで「だいたいこういう意味だろう」と判断するのと、「この条文はこういう条件でのみ適用される」と正確に読むのとでは、実際の場面で大きな差が出ます。

Q6. AIを使うのに「言語力」が必要だと言われる理由は?

AIへの指示(プロンプト)は、自然言語(普段の言葉)で書きます。「いい感じにやって」では望む結果が出ません。「誰に向けて、何の目的で、どんな条件で、何の形式で」を文章で正確に伝えられる人が、AIをうまく活用できます。これは言葉で要件を定義する力と同じです。

Q7. 自衛官時代の経験は「言語力」に関係しますか?

はい、つながっていると私は感じています。指示書や規則を正確に読む、命令を過不足なく伝える——という現場の習慣は、そのままビジネスでの言語力の基盤になります。「指示書を読んで正確に動く」という経験は、「文章から意図を正確に読み取る」という力と同じ構造です。


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